「指示しないと動かない」「自分から考えて行動できる人が少ない」――
多くの製造業の現場で、このような声を耳にします。
しかし、社員が自発的に動かないのは“意識の問題”ではなく、モチベーションの仕組みに原因があります。

心理学者デシとライアンが提唱した「自己決定理論」は、人が“自ら動きたくなる”心理メカニズムを明らかにした理論です。
この理論では、行動の原動力を「外から与えられる動機」から「自分の中から湧き出る動機」へと転換するための3つの要素――自律性・有能感・関係性――が重要とされています。

本記事では、この自己決定理論をもとに、社員が「やらされ感」ではなく「自ら考え、行動する」状態をつくるための職場づくりと、リーダーの関わり方を解説します。

社員のモチベーションを高める理論としては、まず「人が何を求めて働くのか」を整理した
マズローの欲求5段階説から考える社員のモチベーションアップ
が基礎となります。本記事では、その先にある“自発的に動く心理”を深掘りします。

自己決定理論とは

自己決定理論(Self-Determination Theory)は、心理学者デシとライアンによって提唱された「人が自ら動く理由」を説明する理論です。この理論の中心にあるのは、「人は自分の意志で行動できていると感じるとき、最も高いモチベーションを発揮する」という考え方です。

外発的動機づけと内発的動機づけの違い

自己決定理論では、行動の動機を大きく「外発的」と「内発的」に分けて考えます。
外発的動機づけとは、上司の指示や評価、報酬といった外からの刺激によって動く状態を指します。たとえば「ミスをすると怒られるから」「成果を出せばボーナスが出るから」といった行動です。短期的な行動変化は生まれますが、やる気は外部要因に左右されやすく、持続しにくい特徴があります。

一方、内発的動機づけは、「自分でやりたい」「成長したい」「うまくなりたい」といった、内側から湧き上がる意欲です。
自ら目標を設定し、挑戦し、成果を出すことに喜びを感じる状態を指します。人が自発的に動くのは、外的な報酬よりも、内側の満足感が刺激されたときなのです。

3つの基本欲求(自律性・有能感・関係性)

自己決定理論では、人が内発的に動くために欠かせない3つの心理的欲求があるとされています。
それが「自律性」「有能感」「関係性」です。

・自律性:自分で考え、選択して行動できていると感じること
・有能感:自分の行動が成果につながり、成長を実感できること
・関係性:周囲から受け入れられ、信頼関係を感じられること

この3つの欲求が満たされると、人は外部からの指示がなくても自然と行動します。
逆に、どれか一つでも欠けると、やる気が下がり、「言われたことしかしない」「考えることをやめる」といった状態になりやすくなります。

つまり、社員が自発的に動ける組織をつくるには、モチベーションを上げるのではなく、自律性・有能感・関係性を満たす環境を整えることが鍵になります。

やらされ感が生まれる職場の特徴

「やらされ感」とは、自分の意思ではなく外からの圧力によって動かされていると感じる状態のことです。
この状態では、人はエネルギーを内側から生み出せず、最低限の行動しかしなくなります。
自己決定理論の観点から見ると、「自律性・有能感・関係性」のいずれか、もしくはすべてが損なわれている職場でやらされ感が強くなります。

職場環境の整備や評価制度など、外的な要因がやる気に与える影響については
ハーズバーグの動機付け・衛生理論|給料では人は動かない理由
で詳しく解説しています。あわせて読むことで、環境面と心理面の違いが明確になります。

指示中心のマネジメントが意欲を奪う構造

多くの現場では、業務効率を重視するあまり、「指示待ち文化」が根付いてしまっています。
上司が常に「何を・いつ・どうやるか」を細かく指示し、部下はその通りに動くことが評価される環境です。
短期的にはミスを防げますが、長期的には“考えない社員”を生み出します。

たとえば、次のような状況が起こっていませんか。

・上司の指示がないと作業を始められない
・自分の意見を言っても否定される
・「余計なことをするな」という雰囲気がある
・指示通りにやっても感謝や承認がない

このような職場では、社員の「自律性」が奪われています。
人は、自分で考えたことに対してこそ責任と達成感を感じるものです。
すべてが指示によって決まる環境では、創意工夫の余地がなく、やる気は徐々に失われていきます。

承認よりも“管理”が強い環境の落とし穴

もう一つの特徴は、「管理が強く、承認が弱い」職場です。
数字やルールの管理は徹底されているものの、努力や工夫を認める文化が薄い場合、社員は「どうせ評価されない」と感じます。
これは自己決定理論でいう「有能感」が欠けた状態です。

・報告書やチェックリストばかり求められる
・うまくいったときより、失敗したときだけ注意される
・目標が上から押し付けられており、納得感がない

こうした状況では、社員は“守る仕事”に意識が向き、挑戦を避けるようになります。
リーダーが成果だけを評価するのではなく、「工夫した」「学んだ」「改善した」プロセスを承認することで、有能感を回復させることができます。

やらされ感のある職場では、上司と部下の間に信頼関係も希薄です。
つまり「関係性」が失われています。
上司が“管理者”として接するのではなく、“支援者”として関わることで、社員の主体性が引き出されます。

自律的に動く社員を育てるための3つの要素

自己決定理論の中核には、人が自ら動くために欠かせない3つの心理的欲求があります。
それが「自律性」「有能感」「関係性」です。
この3つが満たされたとき、人は自ら考え、行動し、成果を生み出すようになります。
逆に、いずれかが欠けると「指示待ち」や「やらされ感」が強くなります。
ここでは、それぞれを現場の具体的マネジメントに置き換えて整理します。

自律性を高めるための「任せ方」

自律性とは、「自分で決めて動いている」という感覚のことです。
社員が主体的に行動するためには、上司が“任せ方”を工夫する必要があります。
任せるとは、単に作業を投げることではなく、目的と判断基準を共有し、やり方を委ねることです。

・作業指示ではなく、「なぜそれをやるのか」を伝える
・結果の基準(品質・納期など)は明確にし、手順は本人に考えさせる
・途中報告を「監視」ではなく「確認」として扱う

このように、社員が自分で考えて判断できる余地を残すことで、自律性が育ちます。
指示の量を減らし、質問の量を増やすことが、自律的な思考を引き出す第一歩です。

有能感を育む「フィードバック」

有能感とは、「自分の力で成果を出せる」と感じる感覚です。
上司の言葉や職場の反応によって強く影響を受けます。
特に製造現場では、問題が起きたときに叱責するよりも、改善の努力や工夫を認めることが大切です。

・失敗の原因追及よりも、「どうすれば次にうまくいくか」を一緒に考える
・努力の過程を具体的に言葉で承認する
・新人や若手には「できたこと」に焦点を当てて振り返る

社員が「成長している」「頼りにされている」と実感できる瞬間が、有能感を高めます。
この積み重ねが、挑戦意欲や継続的な改善行動につながります。

関係性を強化する「チームづくり」

関係性とは、「自分はこの職場で受け入れられている」「信頼されている」と感じる感覚です。
人は孤立した状態では、モチベーションを維持できません。
リーダーが意識すべきは、成果を競わせるのではなく、互いを支え合う文化を育てることです。

・改善活動や5Sなど、チーム単位で達成できる目標を設ける
・成功事例を共有し、他者の努力を称える習慣をつくる
・上司自身が「ありがとう」「助かった」と感謝を伝える

関係性が強いチームでは、困っている人に自然と声がかかり、情報が流れるようになります。
その結果、職場全体の課題解決力も高まります。
リーダーの役割は、人を管理することではなく、「関係性をつなぐハブになること」です。

経営者・リーダーが取るべき実践ステップ

自己決定理論を現場で活かすには、モチベーションを「外から与える」発想を捨て、社員が「自分の意思で動ける環境」を整えることが重要です。経営者やリーダーの役割は、やる気を引き出すことではなく、“やる気が出る条件”を設計することです。

外発的動機から内発的動機への転換支援

多くの職場では、評価・賞与・罰則などの外発的な動機づけが中心です。これらは一時的な効果はあるものの、長期的な意欲にはつながりません。社員が本当に主体的に動くためには、行動の理由を「他人のため」から「自分のため」へ変換できるように支援することが大切です。

・指示や命令ではなく、「目的」と「意義」をセットで伝える
・成果を評価するだけでなく、「学び」や「気づき」にも注目する
・社員自身が目標を設定し、進捗を振り返れる仕組みを作る

こうした働きかけによって、社員は「やらされている」から「やりたい」に変わっていきます。
モチベーションは与えるものではなく、内側から生まれるもの――その土台をつくるのがリーダーの役割です。

仕組みよりも“関わり方”を設計する

制度やルールを整えることも大切ですが、社員の意欲を左右するのは日々の関わり方です。
人は仕組みではなく“人”に動かされます。
リーダーがどのように声をかけ、どう接しているかが、職場のモチベーションを決定づけます。

・「結果」だけでなく「過程」を承認する
・問題が起きたときに「誰が悪い」ではなく「何が原因か」を一緒に考える
・部下の話を途中で遮らず、最後まで聴く
・「指示」よりも「質問」で考えを引き出す

このような関わり方を続けることで、社員は「信頼されている」と感じ、自ら考えて行動するようになります。
リーダー自身が“支配する存在”から“支援する存在”へ変わることが、内発的モチベーションを育てる最も効果的な方法です。

まとめ

自己決定理論は、社員が「やらされる」状態から「自ら動く」状態に変わるための心理的メカニズムを示した理論です。
人が主体的に行動するためには、外からの刺激や報酬ではなく、「自律性」「有能感」「関係性」という3つの基本欲求を満たすことが欠かせません。
この3要素が満たされることで、社員は内発的なモチベーションを発揮し、継続的な成長と成果を生み出すようになります。

現場リーダーや経営者ができることは、社員を“動かす”ことではなく、“動きたくなる環境”を整えることです。
指示ではなく対話、命令ではなく共有、管理ではなく支援へ――。
リーダーの関わり方が変わることで、組織全体のエネルギーは自然と高まります。

これまでの3理論を整理すると、次のような関係になります。

  • マズローの理論:人が求める欲求の段階を理解する
  • ハーズバーグの理論:職場環境とやる気の構造を理解する
  • 自己決定理論:社員が自ら動く心理的条件を理解する

これらを現場マネジメントに応用することで、「やる気を引き出す職場づくり」が可能になります。
次回は、3理論を統合し、「モチベーションを定着させる仕組みづくり」をテーマに、実際の現場運営や教育体制の設計について、お話していきます。

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この記事を書いた人

GFC 上村正和
GFC 上村正和 中小企業診断士・日本生産性本部認定経営コンサルタント・1級販売士

職人一筋、木工加工から精密金属加工までを経験。精密金属加工会社では工場長を務める。現在は、中小製造業を対象に現場が活きる経営のサポートを行っている。コンサルティングを中心にのべ100社の支援実績。「日本の製造業をもう一度世界一にしたい!」という想いで支援を続けている。