ヒューマンエラーは、製造現場で発生する不良や事故の中でも、最も頻度が高く、再発しやすい問題です。しかし「人が悪い」「注意不足である」と片づけてしまうと、本質的な改善は進みません。
実際には、ヒューマンエラーは“人の特性”と“現場の仕組み”が噛み合わないことで自然に発生する現象であり、正しく理解できれば大幅に減らすことができます。
本記事では、ヒューマンエラーの定義、代表的な種類、発生メカニズム、原因分析の考え方、そして現場で実践できる効果的な防止策を体系的に整理します。製造業の現場で再現性ある対策を進めたい方に向けて、実務的な視点で分かりやすく解説していきます。
ヒューマンエラーとは
ヒューマンエラーとは、人間の記憶・記憶・判断・行動といった特性が原因となり、意図しない結果を招いてしまう現象を指します。製造現場では品質不良・設備トラブル・安全事故など、さまざまな問題の要因となるため、正しく理解しておくことが極めて重要です。
ヒューマンエラーは「人が悪い」わけではなく、“人間が本来持つ限界”と“現場の仕組み”が噛み合わないことで自然と起きるものです。したがって、個人の注意力に依存した対策ではなく、仕組みとして減らすという考え方が求められます。
ヒューマンエラーの定義
ヒューマンエラーは「意図しない行動・判断の結果、望まない状態が発生すること」と定義されます。具体的には、作業手順の読み違い、注意点の見落とし、判断の誤り、操作の取り違いなど、人の特性に起因するミス全般を指します。
“人が悪い”ではなく“仕組みが原因”という考え方
多くの現場では、ミスが起きると「注意不足」「もっと集中しないと」といった個人責任に偏りがちです。しかし、ヒューマンエラーの本質は人ではなく“仕組みの問題”にあります。
例えば、注意点が見えない位置にある、図面の情報が多すぎる、手順書の構造が複雑で理解しづらい──こうした状況では、誰がやってもミスが起きます。
したがって、エラーを減らすためには「人を責める」のではなく、「ミスが起きにくい仕組みを作る」という視点が欠かせません。
品質不良・安全事故とヒューマンエラーの関係
現場で発生する不良や事故の多くは、直接的な原因としてヒューマンエラーが関与しています。設備故障や材料不良に見える問題でも、背景をたどれば「確認不足」「情報伝達の不備」「判断基準の曖昧さ」が影響していることは珍しくありません。
そのため、品質改善や安全対策を考える際には、ヒューマンエラーの構造を理解し、再発防止策を体系的に整えることが不可欠です。
ヒューマンエラーの4分類(記憶・認知・判断・行動エラー)
ヒューマンエラーは、一見バラバラに見えても「どんな特性のズレが起きたか」で必ず分類できます。特に製造現場では、記憶・認知・判断・行動のどこに問題があるのかを整理することで、原因分析と対策が格段に進めやすくなります。ここでは4つの分類を具体例とともに解説します。
記憶エラー
記憶エラーとは、「覚えていたはずの情報が抜けてしまう」「順番を忘れる」といった、記憶保持の限界が原因で起きるミスです。
例:
- 説明された注意点を思い出せず、飛ばしてしまう
- 手順の順番を抜かす
- 設備の設定値を忘れる
- 指示内容を聞いたのに、作業開始時には抜けている
製造現場では、作業説明時の情報量が多く、一度に記憶できないことが原因で発生します。
また、人は自ら意識して忘れる事が出来ないため、以前の記憶が邪魔をするケースも出てきます。
認知エラー
認知エラーとは、「見えているのに見えない」「間違って認識する」など、情報の取り違いや見落としによって起きるミスです。
例:
- 図面の記号を読み違える
- ラベルの違いを見落とす
- 赤文字の注意を読み飛ばす
- 異物やキズの見落とし
作業環境(照明・表示方法・配置)や情報の出し方に問題があると起きやすくなります。
人の視力や聴力などの影響も大きいため、個人差も出やすい部分です。
判断エラー
判断エラーとは、「合格か不合格かの基準を誤る」「状況を誤解して判断を間違える」ことで起きるミスです。
例:
- 許容差を誤って解釈する
- 自分の経験に基づく“思い込み”で判断する
- “たぶん大丈夫”と自己判断して不良を流す
- 指示の意図を誤って解釈する
基準が曖昧な作業や、目的が理解できていない作業で発生しやすい傾向があります。
ベテランさんは独自の判断基準を持っているケースもあり、正しい判断が統一化されていないケースもあります。
行動エラー
行動エラーとは、理解はしているのに「違う行動をしてしまう」「手順を飛ばす」といった行動の取り違えが原因で起きるミスです。
例:
- 押すべきボタンを押し間違える
- 手順を一つ飛ばしてしまう
- 材料を取り違える
- 設備の設定順を間違える
行動エラーは、疲労・焦り・中断によって発生しやすく、現場では最も頻度が高いタイプのエラーです。
また、身体能力の個人差が影響を与えてしまうケースもあります。
例えば、性別・年齢・体格などでも違いが出てきます。
ヒューマンエラーの種類(スリップとミステイク)
ヒューマンエラーは「行動の誤り」と「判断の誤り」に大きく分けられます。心理学およびヒューマンファクターの分野では、これをスリップとミステイクと呼び、どのタイプのエラーなのかを見極めることで、再発防止策が明確になります。製造現場でも、この区分を理解しているかどうかで対策の質が大きく変わります。
スリップ(やるつもりだったのに違う行動になる)
スリップは、行動エラーの一種で「正しくやるつもりだったのに、無意識に違う行動をしてしまう」ことを指します。
例:
- スタートボタンと停止ボタンを押し間違える
- 図面を取り違えて持ってくる
- 手順を一つ飛ばしてしまう
- 似た材料をつかんでしまう
原因は、注意力の低下、習慣化された動作、焦り、割り込みなど、認知負荷が高い状況と結びつくことが多いのが特徴です。
ミステイク(判断や理解の誤りで間違える)
ミステイクは、判断エラーの一種で「誤った理解や判断をしてしまう」ことを指します。
例:
- 図面の意図を誤解したまま加工する
- 許容差を正しく理解していない
- 過去の経験を基準に判断してしまう
- 指示を自己解釈して誤った工程で進めてしまう
原因は、目的理解の不足、基準の曖昧さ、教育不足など、情報処理の段階での誤りが中心です。
中断・割り込みが引き起こすエラー
中断や割り込み作業は、スリップとミステイクの両方を誘発します。
- どこまで作業したか忘れる(記憶エラー)
- 別の情報を入れたことで認知がズレる(認知エラー)
- 焦りによって判断が乱れる(判断エラー)
- 動作が飛ぶ(行動エラー)
製造現場では「呼び出し」「問い合わせ」「他部署からの依頼」が多く、特に設計部門や段取り作業ではエラーの主要因になります。
初めて・変更・久しぶり(3H)との関係性
3H(初めて・変更・久しぶり)は、スリップ・ミステイクの両方が発生しやすい“条件”です。
- 初めて:理解が浅く判断エラーが起きやすい
- 変更:旧仕様が頭に残り、認知・判断エラーが多発
- 久しぶり:記憶の変質・曖昧化により行動エラーが発生
製造現場のミスの多くは、この3Hとスリップ/ミステイクの組み合わせで説明できます。
ヒューマンエラーが発生するメカニズム(認知特性)
ヒューマンエラーは偶発的なものではなく、人間が本来持っている認知特性の限界によって必然的に発生します。製造現場で起きる多くのミスは、この「注意」「記憶」「判断」「認知負荷」といった基本的な仕組みを理解すれば説明できます。ここでは、エラーの背景にあるメカニズムを整理します。
注意の限界
人間の注意力は長時間持続せず、複数の情報を同時に処理することもできません。
そのため、
- 単調な作業で注意が散漫になる
- 重要箇所が目立たず見落とす
- 似た作業が続くと取り違える
といった状況が生まれます。
設備監視・検査・検品など、注意力に依存する作業ほどエラーが発生しやすい傾向があります。
短期記憶・ワーキングメモリの限界
人が短時間で保持できる情報には限界があり、一度に多くの条件や数値を記憶して作業することは困難です。
典型例:
- 設定値を覚えきれず間違える
- 手順の順番が曖昧になる
- 口頭指示の内容が作業開始時には抜ける
- 説明された内容が部分的に消えてしまう
初めて作業・段取り替え・調整作業で頻発するタイプのエラーです。
認知負荷が高いとエラーが増える理由
情報量が多い、判断が複雑、作業環境がわかりづらい──こうした状況では「脳が処理しきれない状態=認知負荷が高い状態」となり、エラーが急増します。
例:
- 図面の情報が多く、要点が埋もれてしまう
- 細かい設定や工程の変更が頻繁にある
- 表示が小さい、色分けが不十分
- 作業環境の動線にムダが多い
認知負荷を減らすことは、ヒューマンエラー対策の基本です。
過信・思い込みによる判断の偏り
作業に慣れてくると「大丈夫だろう」「いつも通り」「これで合っているはず」といった思い込みが強くなり、注意が必要なポイントを見逃してしまいます。
特に以下の状況で起きやすくなります。
- ベテラン作業者の“省略”
- 変更点の確認不足
- 図面更新を見落とす
- 検査基準を自己判断してしまう
思い込みは、判断エラー・行動エラーのどちらにも影響します。
現場でヒューマンエラーが起きる主要原因
ヒューマンエラーは人の能力不足で起きるのではなく、現場の仕組みや運用に起因して発生します。製造現場でよく見られる不良やトラブルをたどると、その背景には共通した原因が存在します。ここでは、再発防止のために押さえておくべき代表的な要因を整理します。
目的・意味の理解不足
作業の目的や工程の意味が理解できていないと、注意すべきポイントが見えず、判断が個人の感覚に依存します。
例:
- 「なぜこの順番なのか」が分からない
- 「どこが特に重要か」が伝わっていない
- 「省略するとどうなるか」を理解していない
意味づけのない手順教育では、初回だけでなく経験者でもミスが発生します。
情報共有の不備(変更連絡・図面更新漏れ)
図面変更・工程変更・設備条件の更新などが正しく伝わらないと、旧仕様のまま作業を続けてしまうリスクが高まります。
例:
- 口頭伝達のみで共有が途切れる
- 更新情報が掲示板と紙とデータでバラバラ
- 設計 → 現場の伝達にタイムラグがある
これは「認知エラー」「判断エラー」を誘発する代表要因です。
標準化されていない作業(個人流・属人化)
標準書が存在しない、または現場で運用されていない場合、作業は作業者の経験や癖によって大きく変わります。
典型例:
- 手順が人によって毎回違う
- 教える人によって内容がバラバラ
- 「このやり方のほうが早い」などの個人流が横行
属人化は、ヒューマンエラーの温床になります。
作業環境の問題(配置・動線・見える化不足)
作業環境が“ミスを誘発する構造”になっているケースも多くあります。
例:
- 注意書きが見づらい
- 部品の置き場が分かりづらい
- 似た形状の材料が同じ箱に入っている
- 動線にムダが多い
環境が整っていないと、認知負荷が高まり、スリップが増加します。
教育体系の不備(場当たり教育・口頭伝達のみ)
新人教育やOJTが属人的で体系化されていないと、理解度や判断基準に大きな差が出ます。
例:
- 作業者によって教え方が違う
- 手順の「意味」を伝えていない
- チェックリストの使い方を教えていない
- 教育履歴が管理されていない
教育体系の弱さは、再発防止よりも“再発の再生産”につながります。
ヒューマンエラーの分析に使えるフレームワーク
ヒューマンエラーは「何となく起きたミス」に見えても、分析すると必ず原因があります。
現場で再発防止を進めるためには、感覚ではなく“構造化されたフレームワーク”を使い、ミスの背景要因を整理することが重要です。ここでは、製造現場で特に活用しやすい分析手法を紹介します。
SHELLモデル
SHELLモデルは、ヒューマンエラーを「人(L)と環境(S・H・E・L)」の関係性から捉える分析手法です。製造現場の実態にも非常に相性がよく、あなたのサイトの関連記事(SHELLモデル)への導線としても最重要です。
構成は以下の通りです。
- S(Software:手順書・マニュアル・ルール)
手順書の不備、運用されていない標準、変更管理の不備。 - H(Hardware:設備・工具・治具)
押し間違えやすいスイッチ配置、見えづらい表示、作業しづらい構造。 - E(Environment:環境)
照明不足、騒音、温度、作業動線、部品の置き場など。 - L(Liveware:人)
記憶・注意・判断の限界、経験差、慣れと過信。 - L–L(作業者同士の関係)
伝達ミス、コミュニケーション不足、認識のズレ。
エラーは「一人の注意不足」でなく、S・H・E・L の関係性のズレとして捉えるのがポイントです。
SHELLモデルについては、こちらの記事で詳しく整理しています。
ヒューマンエラーを減らす!SHELLモデルで原因究明と対策を!
4M(人・機械・材料・方法)で整理する
製造現場で最も一般的な原因整理手法です。
- Man(人):判断、スキル、注意力
- Machine(機械):設備・治具の構造
- Material(材料):部品の種類・識別のしやすさ
- Method(方法):手順書、教育、標準化
ヒューマンエラーの多くは Man と Method に集中します。
4Mについての詳細な解説はこちらの記事にまとめています。
4Mとは?4M変更とは?4M変更で品質管理がパワーアップ!
5Whyによる深掘り
表面的な「なぜ?」を繰り返して掘り下げることで、真因に到達するための代表的手法です。
ヒューマンエラーでは「人が原因」という浅いレベルではなく、
- なぜ注意が必要だったのか
- なぜ注意しなければならない環境だったのか
- なぜ仕組みで防げなかったのか
と“仕組み側の問題”を深掘りすることが重要です。
なぜなぜ分析を現場で実践する手順については、こちらにまとめています。
現場で使える!なぜなぜ分析の進め方とコツ|仕組みで再発防止する方法
フォーマットはこちらから
【無料フォーマット付】なぜなぜ分析(5Whys)のやり方!現場改善に役立つ実践法
エラー発生パターンの可視化(傾向分析)
過去のエラーを分類・整理すると、同じようなパターンが繰り返し起きていることが分かります。
- 3H(初めて・変更・久しぶり)
- 設備条件変更時に多い
- 図面更新直後に多い
- 中断・割り込み後に多い
- 新人教育時に多い
傾向を可視化することで、対策の優先順位が明確になります。
製造現場でヒューマンエラーを減らす仕組み
ヒューマンエラーは「注意をする」「気をつける」といった精神論では減りません。
製造現場で安定的にエラーを減らすには、作業者の能力に依存せず、誰でも同じ品質で作業できる“仕組み”を整える必要があります。ここでは実務で効果の高い取り組みを整理します。
写真・動画中心の手順書へ改善
文字中心の手順書は、初めての作業者や不慣れな作業者には負担が大きく、理解のズレが起こりやすいものです。
写真・動画を中心にした手順書へ改善することで、認知負荷を下げ、作業の理解度を高めることができます。
手順書の構成そのものを見直す場合は、以下の記事が参考になります。
作業標準書の作り方|現場で使える標準化シートの構成とテンプレート
目的から伝える“意味づけ教育”
手順を丸暗記させるだけでは、判断エラーや省略が発生します。
作業の目的や「なぜその手順が必要なのか」を合わせて伝えることで、判断基準が形成され、エラーが発生しにくくなります。
意味を理解していれば、変化点にも気づけるようになります。
チェックリストの正しい運用
チェックリストは「使い方」が正しく運用できてこそ効果を発揮します。
チェックする“タイミング”や“目的”が明確でないと、単なる形式となり、エラーは減りません。
具体的な運用のポイントはこちらの記事でまとめています。
チェックシートとは?品質管理の現場で役立つQC7つ道具をわかりやすく解説
中断復帰ルールの整備
製造現場では、呼び出し・問い合わせ・応援依頼などによる中断が頻繁に発生します。
中断すると「どこまで作業したか」が分からなくなり、記憶エラーや行動エラーにつながります。
そのため、
- 中断したらここを確認
- 再開前に必ず確認するポイント
などの“中断復帰ルール”を決めておくことが効果的です。
3H管理の徹底(初めて・変更・久しぶり)
ヒューマンエラーの多くは、3H(初めて・変更・久しぶり)の条件で発生します。
- 初めて:判断エラーが多い
- 変更:認知エラーが多い
- 久しぶり:記憶・行動エラーが多い
3Hを一覧化し、教育・手順書・チェックリストと連動させることで、エラーを大幅に減らすことができます。
3Hごとの具体的なエラーや対策については、こちらで詳しく解説しています。
〈3H〉初めて作業で発生するヒューマンエラーを減らす現場の仕組み
標準化と教育をセットで回す体制構築
標準書を整備しても教育が追いつかなければ形骸化し、教育を整備しても標準がないと属人的になります。
標準化と教育はセットで運用することで初めて効果を発揮します。
SHELLモデルとの相性も良く、「S(Software:手順書)」「L(Liveware:人)」の両方を改善することが必要です。
まとめ
ヒューマンエラーは、注意不足や個人の能力だけで説明できるものではなく、人が本来持つ認知特性の限界と、現場の仕組みや環境が噛み合わないことで必然的に発生します。特に、記憶・認知・判断・行動の4つの視点で整理すると、エラーの背景が明確になり、対策の方向性が掴みやすくなります。
また、スリップとミステイク、3H(初めて・変更・久しぶり)、SHELLモデルなどのフレームワークを活用することで、エラーの構造を体系的に分析できるようになります。
製造現場でヒューマンエラーを減らすためには、精神論ではなく「誰がやってもミスが起きにくい仕組み」をつくることが重要です。手順書の改善、意味づけ教育、チェックリストの運用、中断復帰ルール、標準化と教育の一体運用など、現場に合った仕組みづくりこそが、品質の安定と再発防止につながります。


