中小製造業の現場では、「この人しかできない作業」が多く存在し、属人化が進んでしまうケースが少なくありません。これは生産の安定性を脅かすだけでなく、後継者不足や人材流動化の時代においては、事業継続そのものに直結するリスクとなります。
一方で、属人化を解消するためには「技能継承」を避けて通ることはできません。ベテランの持つ経験値や暗黙知を、仕組みとして次世代に伝えていくことが、組織の持続的な成長に欠かせないのです。
本記事では、属人化と技能継承の関係性を整理し、現場で直面する課題と、実際に効果を上げるための解決策を、現場出身コンサルの視点から分かりやすく解説します。
属人化そのもののリスクについて詳しく知りたい方は → 属人化とは?中小製造業に潜むリスクと解決策
属人化と技能継承の関係性
属人化とは、特定の人だけが持つ知識や技能に業務が依存してしまう状態を指します。中小製造業の現場では「ベテランの○○さんにしかできない仕事」が少なくありません。これは一見すると強みのように見えますが、裏を返せばその人が不在になると業務が滞る大きなリスクとなります。
技能継承は、この属人化を解消するための基本的な取り組みです。単に技術を伝えるだけでなく、作業の考え方や判断基準まで含めて体系的に引き継ぐことで、組織としての生産性と安定性が高まります。
属人化を防ぐ具体的な実践方法は → 属人化を解消するためのステップと実践のポイント
属人化が進む背景
- 長年の経験に基づいた「勘とコツ」が共有されにくい
- 標準書やマニュアルが整備されていない
- 忙しさを理由に教育が後回しになっている
技能継承が解決につながる理由
- 作業を形式知化し、誰でも理解できる形に残せる
- 若手が学びやすい環境をつくることで戦力化が早まる
- 不測の事態が起きても代替要員で業務を継続できる
技能継承が進まない現場の課題
技能継承の必要性は理解されていても、実際の現場ではなかなか進まないケースが多く見られます。特に中小製造業では人員や時間に余裕がなく、教育や仕組みづくりが後回しになりがちです。その結果、属人化が解消されず、現場リスクが積み重なってしまいます。
1. 教える時間の不足
日々の生産に追われ、ベテラン社員が若手に丁寧に指導する時間が確保できない場合があります。
結果として「見て覚えろ」の文化が残ってしまうような現場が多く残っています。
データの見える化や改善活動の実践例はこちら → QC七つ道具をどう使う?製造現場で役立つ実践事例
2. 言語化の難しさ
ベテランの熟練技能は「手の感覚」や「勘どころ」といった暗黙知に支えられていることが多いです。
これを分かりやすく言語化し、誰にでも伝えられる形に落とし込むのは簡単ではありません。
苦労して言語化しても再現性がない場合も多いです。
再発防止や原因追及の手法としては → なぜなぜ分析の効果的な進め方
3. 教える側の意識差
「自分のやり方が一番正しい」という考えや、「忙しくて教える余裕がない」という心理的抵抗から、技能を積極的に伝えないケースがあります。
人によっては、「自分の仕事を奪われたくない」といった気持ちで接してしまう人も実際に見た事があります。
4. 学ぶ側の受け身姿勢
若手が「言われたことだけをやる」状態に留まり、自ら質問したり改善を考える習慣が根付かないと、技能継承の効果は薄くなります。
ベテランとのコミュニケーション不足もこういった事態に拍車をかけているでしょう。
改善効果を多面的に評価したい方は → PQCDSMEで考える現場改善の視点
技能継承を進めるための解決策
技能継承を円滑に進めるためには、「時間がない」「言語化が難しい」「教える側の抵抗」「学ぶ側の受け身」という現場特有の課題を、手順と仕組みで乗り越えることが重要です。
支援先でも、以下の4点を組み合わせることで属人化解消につながった事例が多くあります。
技能継承を仕組み化する際に役立つ基本は → PDCAサイクルの基本と現場改善への活かし方
1. OJTと簡易記録の両輪で進めます(課題①:時間不足への対応)
日常の作業で行うOJTに加えて、写真・短尺動画・チェックリストで要点だけを残します。
現場での体感学習と、後から振り返れる教材が両立します。
記録作成は若手が撮影・書き起こし、熟練者は要点確認のみとし、ベテランの負担を最小化します。
支援先では3分程度の短い動画でポイントに区切って撮影することで、編集時間もなくなり、教育時間の確保が容易になりました。
2. 技能の言語化を工夫します(課題②:言語化の難しさへの対応)
熟練者の暗黙知は、目的→観察ポイント→判断基準→次の一手に分解して言語化します。
例)「仕上げ切削:音が高くなる=刃先摩耗の兆候 → 送りを−10% → それでも改善しなければ刃先交換」
このように感覚を観察指標に置き換え、数値や閾値を添えると再現性が上がります。
支援先では、各工程に**“良くある失敗と対処”欄**を設け、迷いを減らしました。
特に職人は違和感を感じる能力が高いです。
どんな違和感・その時何を確認しているか?といった視点をまとめて過去トラから技術書に変換することで教育がスムーズにいくケースも増えています。
3. 教える側の意識差へ対応する仕組みを作ります(課題③への対応)
「忙しい」「自分流が正しい」「自分の仕事が奪われる」といった抵抗を、仕組みで乗り越えます。
- 評価に反映:人事評価に「教育・標準化への貢献」を追加し、育成人数・教育回数・標準書更新数を指標化します。
- 時間を確保:週◯時間の教育枠を生産計画に組み込み、工数計上します。
- 負荷を軽減:テンプレ(目的・手順・注意・不良例)を配布し、若手が動画撮影・清書を担当します。
- 教え方の標準化:ティーチバック(教わった側が説明し直す)を必須化し、理解度を可視化します。
- メンター制度:ベテラン×若手の固定ペアで3か月ゴールを設定します。
- 必要性を説く:ベテランに対して、引退後に自分が育てた後輩が活躍するのと、知らない人しかいない会社になるのとどっちが良い?といった問いかけをして、必要性に気付いてもらいます。
4. 学ぶ側の受け身姿勢を変える仕掛けを入れます(課題④への対応)
主体性を引き出すために、目標・テスト・場づくりを設計します。
- スキルマップ+期日:スキルを棚卸しして、段階目標と達成期限を明示します。
- 定例テスト:日々5分の口頭チェック+月1実技で合格基準を公開します。
- 計画的ローテーション:早期に小さな任せきりを設け、成功体験を作ります。
- 振り返り会:週1回の共有会で質問を歓迎し、質問・提案を評価項目に含めます。
支援先では、スキルマップと教育計画でモチベーションが上がり、自主的行動が増えて育成期間が約30%短縮しました。
まとめ:属人化を防ぐには技能継承が不可欠です
属人化は中小製造業にとって大きなリスクであり、放置すると品質・納期・コストのすべてに悪影響を及ぼします。その解決のカギとなるのが、ベテランの技を組織全体の力に変える「技能継承」です。
解決策としては、
- OJTと簡易記録を両輪で進める
- 技能の言語化を工夫する
- 教える側の意識差を仕組みで乗り越える
- 学ぶ側の受け身姿勢を変える仕掛けを入れる
といった具体的な取り組みが効果的です。
現場では忙しさから「つい後回し」になりがちですが、属人化を防ぎ、次世代へ技術をつなぐことは会社の将来を守ることでもあります。できることから一歩ずつ取り入れていきましょう。