「この人が休むとラインが止まってしまう」――そんな悩みを抱えていませんか?
製造現場でよく耳にするのが、特定の人に作業が偏ってしまう属人化の問題です。その解決策の一つが「多能工化」です。
多能工化とは、一人の作業者が複数の工程や業務を担当できるようになること。柔軟な人員配置が可能になり、生産性の向上やボトルネックの解消につながります。
本記事では、多能工化の基本からメリット、進め方のステップ、そして現場での注意点までをわかりやすく解説します。現場出身コンサルとしての経験をもとに、すぐに実践できるヒントをお伝えします。
多能工化とは?
多能工化とは、一人の作業者が複数の工程や業務を担当できるようにする取り組みを指します。製造業では「マルチスキル化」とも呼ばれ、限られた人しかできない仕事をなくすための手段として広く使われています。
改善活動の視点を整理するには、生産管理の基本フレームとあわせて考えると理解が深まります。
製造現場出身コンサルが解説|PQCDSMEとは?生産管理を支える7つの視点
多能工化と多能工の違い
「多能工化」は仕組みや取り組みを指す言葉で、「多能工」はすでに複数業務を習得した作業者そのものを意味します。つまり「多能工化」はプロセス、「多能工」はその結果といえます。
とある支援先では、ベテランさんがほぼすべての業務の経験がある多能工で、何か困ったら「○○さん」に聞く!といった形で、皆さんから頼られていました。
単純に、色々な作業が出来るだけでなく、ある程度のノウハウを習得した人といったイメージです。
反対語は?
反対の概念は「単能工化」です
。一人の作業者が一つの作業しかできない状態を指し、効率が高いように見えても属人化リスクや柔軟性の低下を招きやすいという課題があります。
専門特化といった意味合いもありますが、中小企業ではその人しか知らないブラックボックスとなるケースが多いように思います。
多能工化の目的
多能工化の狙いは、属人化を防ぎ、柔軟な人員配置を可能にすることです。
結果として、生産性向上・人材育成・働き方の柔軟性向上といった効果が期待できます。
多能工化のメリット
多能工化を進めることで、現場にはさまざまな効果が生まれます。単なる属人化対策にとどまらず、生産性や働き方の改善にもつながります。
今回は以下のメリットを取り上げます。
- 生産性の向上
- 柔軟な人員配置
- 属人化の解消
- 業務の平準化
- 従業員の成長とモチベーションアップ
- 組織力の向上
生産性の向上
複数の工程を担当できる人材が増えれば、ボトルネックに人を応援投入でき、ライン全体の流れを改善できます。これにより生産性を高められます。
柔軟な人員配置
休暇や突発的な欠勤があっても他の人が代わりに作業できるため、ラインが止まりにくくなります。繁忙期・閑散期に応じた柔軟な配置も可能です。
また、戦略的な教育の実施も可能になり、忙しくて教育時間が取れないような状況が少なくなります。
属人化の解消
「この人しかできない作業」を減らし、特定の人への依存をなくせます。結果的に品質や納期が安定し、現場の安心感も高まります。
特に勘やコツは再現性が低い傾向にありますので、そこを克服する事で作業のレベルを上げる事につながります。
業務の平準化
業務が偏らず、作業負荷を均等に分けられるのも多能工化のメリットです。応援やローテーションができることで、過度な残業や一部の人への負担集中を防げます。
応援で一番困るのは、一度教えなければいけない事や、雑務をわざわざ作り出す必要がある事です。
応援に来てもらった時に、指示一つで業務が回れば、こんなにありがたい事はないでしょう。
従業員の成長とモチベーション向上
複数の工程を学ぶことで、従業員は現場全体の流れを理解しやすくなります。スキルアップが評価につながれば、成長実感やモチベーション向上にもつながります。
特に新しい事に挑戦する時にの刺激は多くの人にとってモチベーションアップにつながります。
自分の成長が感じられやすいからです。
組織力の強化
多能工化が進むと、個人任せではなく組織全体で対応できる力が高まります。これにより「人が育ち、組織が強くなる」好循環を生み出せます。
特に工程ごと、作業ごとに、個人商店化していく傾向がある会社にとっては、大きな改善となるでしょう。
多能工化のデメリット・注意点
多能工化は多くのメリットがありますが、進め方を誤ると逆効果になることもあります。現場で取り組む際に注意しておきたいポイントを整理します。
教育コストがかかる
複数の工程を習得させるには、教育やOJTの時間が必要です。短期的には生産性が下がる場合もあるため、長期的な視点で取り組む必要があります。
特に作業を標準化する際の現状把握・作業標準書の作成などは時間がかかります。
【テンプレ付】作業手順書とは?作り方と書き方をわかりやすく解説
作業の浅さにつながるリスク
多能工化を「広く浅く」と捉えすぎると、専門性が不足し品質に影響する恐れがあります。工程ごとに必要なレベルを定義し、優先順位をつけて教育することが大切です。
ある支援先では、一つの工程に関しては専門特化して、ローテーションには含めずに対応する形を取っています。すべての作業が多能工化に向いていると限らないという事です。
一部の人への依存
「一部のベテランだけが多能工化している」状態では、結局その人への依存が強まってしまいます。全体でのスキル分散を意識することが欠かせません。
特に表面的な作業だけが出来るようになっても、本質を捉えられなければ、結局ベテランさんに頼る必要が出てきます。
評価や待遇との不一致
多能工化で多くのスキルを習得しても、評価や待遇が変わらなければモチベーション低下を招きます。人事制度やキャリア設計と連動させることが必要です。
多能工での評価と同時に、同じ事をコツコツ行える人への評価も重要になります。
適材適所の配置と、本人の向き・不向きも考慮した評価をしていくべきだと考えます。
無理なローテーションによる負担増
作業負荷の平準化を狙ったローテーションでも、慣れていない作業が増えることでかえってストレスや負担になる場合があります。本人の適性や習熟度を見極めた配置が重要です。
特に同じ作業の繰り返しを得意としている人は、このローテーション負担を感じやすいです。
一度挑戦させた後、不満を感じているようなら、本人の希望も確認したうえで、ローテーションに組み込むかどうか、決めていく必要があります。
多能工化を進めるステップ
多能工化は段階的に進めることで効果が出やすく、定着もしやすくなります。現場の実態に合わせた進め方の一例を紹介します。
- 1. 対象業務を選定する
- 2. 業務の棚卸と見える化
- 3. スキルの見える化
- 4. 教育計画の立案と実行
- 5. 評価とフィードバック
1. 対象業務を選定する
まずはすべてを対象にするのではなく、意図をもって対象業務を選定することをお勧めします。
ある程度作業の標準化が進んでいて、一部多能工化も進んでいる場合は、属人化が強い工程やボトルネックになっている業務など、影響の大きい部分から始めます。
一方、多能工化をした事がない会社では、まず多能工化の負担を耐える土台を用意する必要があります。ですので、作業が簡単で教えやすいもの、作業標準書を作りやすい業務を最初に選定すると良いでしょう。
例えばA工程3名、B工程2名の簡単な作業の工程があった場合、5名でAB工程をこなせるようになれば、繁閑を工夫すれば、1名を多工程に持っていく事がしやすいでしょう。
教育計画やスキルマップづくりを進めるときには、リードタイム短縮の視点も意識すると成果につながりやすくなります。
リードタイム短縮で生産力アップ!現場が変わる秘訣とは?
2. 業務の棚卸と見える化
作業内容を細かく洗い出し、誰がどの業務を担当しているかを可視化します。作業フローを図式化することで偏りやムダも把握しやすくなります。
プロセスマッピングで業務の流れを可視化する事も非常に有効です。
作業標準書がなければ、この時点で作成を行っていきます。
多品種少量で作業標準書が作りにくい場合は、機械操作や加工のノウハウを中心に標準化すると良いでしょう。
重要なのは、再現性の高い作業にしておく事です。
改善が必要であれば、改善にも取り組みます。
3. スキルの見える化
「誰がどのスキルをどのレベルで持っているか」をスキルマップで整理します。これにより教育の優先順位や育成対象が明確になります。
このスキルマップは成長を可視化するものでもありますので、モチベーションアップにもつながります。
多能工として必要なレベル感をスキルマップの何も見ずに一人で作業出来るといった形にしておけば、管理がしやすいです。
【スキルマップ自動色付テンプレート付】人材を成長させるツールを使ってみよう!
4. 教育計画の立案と実行
OJTやローテーション、標準作業書を活用して教育を進めます。小規模から始めて成功事例を積み上げることで、現場の理解と協力が得やすくなります。
この時には、向き・不向きが見えてくると思います。
目指すべきは不向きな人でも出来る作業にすること、それでも合わない人には、専門特化の道を示してあげる事だと考えます。
5. 評価とフィードバック
教育の成果を評価し、フィードバックを行います。成果が待遇やキャリアにつながればモチベーションも維持しやすく、定着が進みます。
多能工化のプロジェクトそのものの評価もしていく必要があります。
場合によっては、多能工化が上手くいかずに、品質が落ちてしまうという事も起こります。
そういった際に、どのようにすれば定着するのか、あるいは中断の決断も、振り返りによって生まれてきます。
多能工化を成功させるためのポイント
多能工化は計画通りに教育を進めても、現場で定着しなければ意味がありません。成功させるには、いくつかのポイントを意識することが大切です。
小さな成功体験を積み上げる
いきなり全員を対象にすると現場が混乱しやすいため、まずは限定した工程や人材から始めましょう。小さな成果を共有することで現場の理解と協力が得やすくなります。
標準作業を整備する
人によってやり方が違うと教育の効果が出にくくなります。作業標準書やチェックリストを整備して、教える側と学ぶ側が同じ基準で動けるようにすることが重要です。
再現性を高める事を重要視して、取り組んでいきましょう。
教育者を育成する
教えるスキルを持つ人材がいなければ、多能工化は広がりません。教育担当者に対しても指導方法を学ばせることで、安定した育成が可能になります。
多能工化に向けて教育のレベルアップが実現すれば、新人の育成のスピードアップ・定着率の向上につながっていきます。
評価制度と連動させる
せっかくスキルを身につけても評価されなければ、モチベーションは下がってしまいます。習得したスキルを人事評価やキャリアパスに反映させる仕組みを作りましょう。
特に現場では、スキルマップを更新して、本人の成長を見える化してあげると、現場での振る舞いが変わってきます。
属人化を防ぐ仕組みをつくる
「多能工化を担う人が一部に偏る」状態は避ける必要があります。定期的にスキルマップを更新し、知識や技能を分散させることで、安定した体制を維持できます。
変化の激しい現在では、新しい業務や、応用した技術が必要になってきます。
常にアップデートしていくことが生産性向上につながっていきます。
まとめ
多能工化は、製造現場の生産性を高め、組織を強くするための重要な取り組みです。特定の人に作業が偏る属人化を防ぎ、柔軟な人員配置や業務の平準化を実現できます。
本記事では、多能工化の定義や多能工との違い、メリットと注意点、進めるためのステップ、成功のポイントを解説しました。要点を整理すると次の通りです。
- 多能工化=一人の作業者が複数工程を担当できるようにする取り組み
- 多能工=複数のスキルを習得した人材そのもの
- メリット:生産性向上、柔軟な人員配置、属人化の解消、業務平準化、人材育成
- デメリット:教育コスト、スキルの浅さ、評価との不一致、負担増のリスク
- 進め方:①選定 → ②業務棚卸 → ③スキル見える化 → ④教育計画 → ⑤評価・フィードバック
- 成功のカギ:小さな成功体験、標準作業整備、教育者育成、評価制度連動、属人化防止
多能工化は一度で完成するものではなく、継続的な取り組みが必要です。教育と改善を繰り返し、組織全体の対応力を高めることが、生産性向上への近道となります。
多能工化は最終的に生産性向上につなげることが目的です。
生産性向上とは?製造業の現場で実現するためのポイント